特定贈与信託は、障がいのある人が生涯にわたって生活費を受け取れるよう、家族や親族が信託機関に財産の管理・運用を託す制度です。
託した財産には一定額まで贈与税がかからないため、家族は税負担を軽減しながら障がい者の生活を長期間支えることができます。
ただし、特定贈与信託を契約すると預けた財産の使い道が制限されたり、資産価値が減少する可能性があったりするので注意が必要です。
そこで本記事では、特定贈与信託のメリットや注意点、利用する流れを解説します。
障がいのある家族が自身の死後に生活していけるのか心配な方はぜひ最後までご覧ください。

特定贈与信託とは

特定贈与信託とは、障がいのある人の家族や親族が信託機関に財産を預け、管理・運用を任せる制度です。
信託機関は契約に基づいて財産を適切に管理し、障がいのある家族に対して定期的に給付します。
一定額以下であれば贈与税が免除されるため、家族が亡くなった後も障がい者の生活を長期的に守ることが可能です。
ここでは、特定贈与信託の受益者や信託できる財産を解説します。
受益者になれる人
特定贈与信託の受益者とは、財産を受け取る障がい者本人のことを指します。
受益者になれるのは「特別障害者」と「特定障害者」に該当する人で、それぞれの範囲は以下のとおりです。
特別障害者 | 重度の知的障がいがある |
| 精神障害者保健福祉手帳1級を所持している | |
| 身体障害者手帳1級もしくは2級を所持している | |
| 特別項症から第3項症までの戦傷病者手帳を所持している | |
| 原子爆弾被爆者として厚生労働大臣の認定を受けている | |
| 6か月程度以上寝たきりかつ、食事や排便などの日常生活に介護が必要な状態で、重度の知的障がいもしくは身体障害者手帳1級・2級に準ずると市町村長に認定を受けている | |
| 65歳以上かつ重度の知的障がいもしくは身体障害者手帳1級・2級に準ずると市町村長に認定を受けている |
特別障害者以外の特定障害者 | 中程度の知的障がいがある |
| 精神障害者保健福祉手帳2級または3級を所持している | |
| 65歳以上かつ知的障がいがあると市町村長に認定を受けている |
障がいの程度に応じて非課税枠が設定されており、特別障害者は6,000万円、それ以外の特定障害者が3,000万円まで贈与税がかかりません。
信託できる財産
特定贈与信託の対象となる財産は、以下のとおりです。
- 金銭
- 有価証券
- 債券
- 収益が生じる不動産
- 障がい者の自宅用不動産(ほかの財産とともに信託する場合に限る)
特定贈与信託は、継続的な給付が前提となるため、預けられる不動産は収益が生じるものに限られます。
信託可能な財産の要件は信託機関によって異なるので、契約前に確認するようにしましょう。
特定贈与信託を利用する流れ

特定贈与信託の手続きの流れは、以下のとおりです。
- 委託者(家族や親族)と信託機関(受託者)で特定贈与信託契約を結ぶ
- 委託者が信託機関に財産を預ける
- 受益者(障がい者本人)が障害者非課税信託申告書を提出する
- 運用計画書に基づき、受益者は信託機関から定期的に給付を受ける
税制優遇を受けるためには、信託契約とあわせて障害者非課税信託申告書を税務署に提出する必要があります。
信託機関による代理提出が可能ですが、障害者手帳の写しや市町村長などの証明書の添付書類を事前に準備しておかなければなりません。
手続きが完了すると、事前に作成した運用計画書に沿って障がい者本人への定期給付が開始されます。
障がい者本人が亡くなった時点で残っている信託財産は、あらかじめ指定した相続人に引き継がれます。
遺された家族が困らないためにも、相続人を誰にするか、契約時に決めておくことが大切です。
特定贈与信託のメリット

特定贈与信託のメリットは、以下の3つです。
- 障がい者のための財産を安全に管理できる
- 一定額まで贈与税が非課税になる
- 亡くなる直前に信託しても相続税の対象にならない
1つずつ詳しく紹介します。
障がい者のための財産を安全に管理できる
特定贈与信託では信託機関が財産を安全に管理しながら、障がい者本人に生活費や医療費を継続的に給付します。
不正使用や無駄遣いを防ぐことができるので、自身の死後に障がい者が生活できなくなってしまう状況を避けられるでしょう。
障がいによって金銭管理が困難であっても、適切な支援を受けながら長期的に自立した生活を維持できるのは大きなメリットです。
一定額まで贈与税が非課税になる
通常、年間110万円の贈与をすると贈与税が発生しますが、特定贈与信託であれば障がいの程度に応じて6,000万円または3,000万円まで非課税で贈与ができます。
特定贈与信託を活用すれば、贈与税によって将来の生活費や医療費が少なくなることを防げます。
亡くなる直前に信託しても相続税の対象にならない
一般的な信託制度では、相続開始の3年以内(令和13年以降は7年以内)に信託した財産は相続税の課税対象に含まれます。
例えば、父親が亡くなる1年前に2,000万円の家族信託をしていた場合、この2,000万円は相続財産として課税されます。
一方、特定贈与信託を利用すると6,000万円または3,000万円まで非課税になるため、相続税の計算対象となりません。
相続直前の信託であっても、相続税の負担を軽減できるのもメリットとなるでしょう。
特定贈与信託を利用する際の注意点

特定贈与信託を利用する際は、以下の4点をあらかじめ知っておくことが大切です。
- 財産の使い道が制限される
- 資産価値が減少する可能性がある
- 一定額を超えていなければ信託できない場合がある
- 原則として中途解約ができない
それぞれ詳しく見ていきましょう。
財産の使い道が制限される
特定贈与信託は障がい者の生活保障を目的とした制度であるため、給付金の使途が日常の生活費や治療費などの必要経費に制限されています。
娯楽費や趣味など、生活に必要でない用途への使用が認められていないため、資金を自由に活用したい場合は向いていない場合があります。
信託機関によって管理されているため、柔軟に財産を使いたい方にとっては制約が大きく感じられる可能性があるでしょう。
資産価値が減少する可能性がある
信託財産に含まれる株式や債券などの有価証券は市場価格の変動によって、資産価値が減少する可能性があります。
元本が保証されていないため、損失が発生した場合は給付額が減ってしまう場合があります。
特定贈与信託を利用するときは、このような資産運用のリスクを十分に理解したうえで契約することが大切です。
一定額を超えていなければ信託できない場合がある
多くの信託機関では最低信託額を1,000万円に設定しており、この金額に満たない場合は契約できないケースがあります。
なかには、最低額をより低く設定している信託機関があるため、複数の機関に相談してみるのがおすすめです。
まとまった財産がない場合は、資金を貯めてから契約をするようにしましょう。
原則として中途解約ができない
特定贈与信託は、受益者である障がい者が死亡するまで継続します。
そのため、信託期間の変更は、原則として認められていません。
家族の経済状況が変化したり、障がい者本人の状況が変わったりしたとしても、解約や変更が難しいことをあらかじめ認識しておきましょう。
特定贈与信託のよくある質問

最後に、特定贈与信託のよくある質問に答えていきます。
特定贈与信託を契約する際にかかる費用は?
受託者(信託機関)への手数料は、信託財産額の3.3%(税込)に設定されているのが一般的です。
この手数料は信託報酬と呼ばれ、契約時のみの支払いで、毎年継続して支払う必要はありません。
例えば、2,000万円の信託の場合、66万円の報酬の支払いが必要となります。
なお、信託財産を増額する際は、その追加分に対して同じ割合での報酬が必要です。
受益者の死亡後に残った特定贈与信託の財産はどうなる?
障がい者本人が亡くなった後に残った信託財産は、契約時に定めた相続人に支払われます。
相続人がいない場合は、ボランティア団体や障がい者団体、社会福祉施設などを指定して寄付することも可能です。
特定贈与信託と家族信託の違いは?
特定贈与信託と家族信託の違いは、以下のとおりです。
| 特定贈与信託 | 家族信託 | |
| 目的 | 障がい者の生活保障 | 家族間での柔軟な財産管理 |
| 対象者 | 一定以上の障がいがある人に限定 | 制限なし |
| 税制優遇 | あり | なし |
| 受託者 | 信託機関 | 家族が可能 |
| 財産の使途 | 生活費や医療費などに限定 | 契約内容により自由に設定できる |
| 最低信託財産 | 多くの場合1,000万円以上 | 制限なし |
特定贈与信託は税制優遇がある分、制約も多くなります。
また、最低信託財産が設定されていることも多いので、ある程度資産がある方でなければ対象とならない場合があります。
障がいのある家族に財産を残したいときは特定贈与信託を活用しよう
特定贈与信託は、障がいのある家族の将来の生活を守るため、信託機関に財産の管理・運用を任せられる制度です。
一定額以下の財産であれば贈与税が非課税となるうえ、専門機関に財産管理を託せるため、生活費の管理に不安がある方も安心して利用できます。
ただし、財産の使途が制限されたり資産価値が減少したりする可能性があることに注意が必要です。
特定贈与信託を利用する際は、これらのメリットや注意点を十分に理解したうえで検討するようにしましょう。
監修者:東本 隼之
AFP認定者、2級ファイナンシャルプランニング技能士



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